はじめに:介護現場で感じた、言葉にならない「もやもや」
介護施設に入職して、あっという間に1年が過ぎました。
私は現在、週3日のパート勤務として看護の現場に立っています。そこには私を含め数名の先輩看護師が在籍していますが、この1年間、私の心の中には常に、ある「違和感」が居座り続けていました。
それは、現場の仕組みそのものに対する不安でした。導入されている電子カルテは利便性が悪くて情報が更新されず、紙のカルテやメモが混在している。創傷処置も一昔前の古いやり方のまま。協力医との連携も形式的で、実質的な医療サポートが機能しているとは言い難い状況だったのです。
でも、それは決して誰かの怠慢ではありません。私たち看護師や介護士たちは、皆、目の前のケアに追われ、息をつく暇もないほど忙しい。情報を整理したくても「手が回らない」のが現実なのです。
業務の流れを尋ねても、返ってくる答えは人によってバラバラです。統一されたルールがない中で、私は自分なりに改善を試みてきました。しかし、そこで待っていたのは感謝ではなく、
「チームの和をかき乱している」
「先輩の言うことを無視している」
という非難の言葉でした。
当初は「じゃあ、一体どうすれば良いの?」という疑問でいっぱいでしたが、先輩たちも必死に現場を守ろうとしているからこそ出る言葉なのだと、今ではわかります。
看護の原点:ナイチンゲールが説いた「環境」の意味
私が働く上で大切にしている目標があります。それは、近代看護の母、フローレンス・ナイチンゲールが説いた「看護とは、自然が患者に作用するように、患者を最良の状態に置くことである」という教えです。
介護施設は、長い人生を歩まれてきた方々の「終の棲家」です。最期までその人らしく、健康で穏やかに過ごしていただくためには、まず生活環境を整えることが基本だと私は考えています。
看護師として、達成したい「備え」
- 無駄を省き、清潔で安全な環境を維持すること
- 日常の丁寧な観察に基づいた正確な情報収集
- 万が一の急変時に迷わず動けるための準備
これらは看護師としてクリアしたい務めであり、在宅看護や施設管理の経験から、私はその重要性を身に染みて理解していました。
本人の力を引き出すことで健康を維持し、身近なものを活用して無駄なコストを下げることにもつながります。
しかし、今の職場の現実は、入居者様の介護度が高くなり、人手が足りないから業務を簡素化することにシフトしています。
一例を上げると、排泄介助。おむつ交換は時間制で、転倒予防に移動は職員が必ずつきそう必要がある。
そうなると、どうなるかというと。おむつが気落ち悪い、トイレに行きたい(この時点で相当待たれている)→順番に対応していても追いつかないので「待って」と静止する→我慢の限界に達し不穏または失禁してしまい部屋に帰りたいからと立ち上がる→転倒する
やむにやまれぬ選択が、空回りにつながっている。
今まで勤めてきた現場との違いに、大きな壁を感じる毎日でした。
あの日の「違和感」と、届かなかった声
先日、一人の90代の入居者様の容体が急変しました。
その日の朝、私はその方の様子を見て、瞬時に「何かがおかしい」と感じました。意識状態がいつもと違う、顔色が優れない。数値には表れない、けれど確実な「嫌な予感」がしたのです。
私はすぐに、毎日出勤している先輩看護師たちに相談しました。しかし、返ってきた言葉は、
「いつも通りよ」「大丈夫じゃない?」
という楽観的なものでした。
しかし、その後、容体は急激に悪化し、救急搬送が必要な事態となったのです。
愕然とした「情報の空白」
いざ搬送となった時、私はさらなる現実に直面し、悔しさで胸が締め付けられる思いをしました。病院へ提供すべき情報が、整っていなかったのです。
電子カルテには最新の病状や経過が反映されておらず、外部の医師に「今に至るまでの経過」を正しく伝えるための情報が散逸していました。救急隊員を待たせながら、断片的な情報をかき集める時間は、あまりにも長く、そして苦しいものでした。
入社して1年。日常の業務に流され、肝心の医療体制や情報の整備を改善しきれなかった自分。そして、現場の「思考停止」とも言える空気を変えられなかった自分。救急車のサイレンの中で、私はただただ自分の力不足を恥じました。
病院の待合室で知った、もう一つの「真実」
搬送先の病院の待合室で、私はご家族とお会いしました。
そこで語られたのは、カルテの「既往歴」という無機質な文字の羅列からは決して想像できない、一人の高齢者の豊かな人生の物語でした。
70代後半まで現役で仕事一筋に生き、商売を繁盛させてきたエネルギッシュな方。顧客との太いつながりでお店は毎日賑わい、趣味らしい趣味もなく、ただ真っ直ぐに働き、家族を支えてきた誇り高い人。
サラリーマンしか経験のない私にとって、カッコいい人生を歩まれた方なんだとこの時初めて知りました。
しかし、その影で、相当長い年月「頻尿」という切実な悩みに苦しんでこられたことも知ったのです。
ご家族とともに病院を巡り検査を受け、共に悩み、老いと向き合ってこられた歳月。
施設の申し送りでは、時として「不穏」「扱いづらい」といった、介護側の都合による感情的なラベルを貼られることもありました。
しかし、目の前にいるご家族の話を聞き、私は深く恥じ入りました。そこにいらしたのは、管理の対象ではなく、尊厳を持って人生を駆け抜けてきた、一人の人間だったのです。
「他人事」を「自分事」にする勇気
この経験を通じて、私は改めて決意しました。私は、目の前の出来事を決して「他人事」にはしたくないのです。
事実を正しく記録すること、日常生活を整えること、そして何より、その方が「ご機嫌さん」で自立した生活を送れるようサポートすること。
それは、私がこれまで看護の現場で学び、守り続けてきた「命の重み」に対する誠実さです。
なぜ、そこまでこだわるのか。それは、今ここで起きている不備や無関心を放置することは、回り回って私自身の未来、私の親、そして子どもたちの未来を悲惨なものにすることと同じだと思うからです。
いつか自分が、あるいは大切な家族がケアを受ける側になった時。「大丈夫」という言葉で異変を見過ごされ、自分の人生の物語を知られることもなく、ただの「症例」として扱われるような社会。そんな未来を、私は受け入れたくありません。
私は、朝入居者様に会うたびに「おはようございます。今日はご機嫌さんで何よりですね!」と声を掛けることに務めています。
これは、私にできる変革のための小さなプロジェクトのひとつです。
おわりに:カルテの一行から変えていく
あの日、救急車の中で感じた重み、そしてご家族の言葉から受け取ったその方の人生の重み。それを、私は決して忘れません。
現場の壁は高く、古い習慣を変えるのは容易ではありません。一人の力では「かき乱している」と疎まれることもあるでしょう。それでも、私は諦めず少しずつでも変えていきたい。
一人では変えられない。だから現場の仲間とつながり、変えていきたい。
3000文字では書ききれないほどの「もやもや」や悔しさは、今、私が前に進むための強いエネルギーに変わりました。
今日からまた、私は現場に立ちます。
正しく更新されるカルテの一行から。
清潔に整えられた居室のひと隅から。
そして、その方の人生に敬意を払う、自分事の眼差しから。
一つひとつ、丁寧に整え直していこうと思います。それが、未来の私たちを守るための、たった一つの確かな道だと信じているからです。
「こんにちは。今日もご機嫌さんで何よりです!さあ、一緒に参りましょう」

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