年齢を重ねると、身体機能や認知能力の低下に加えて、住まいの環境そのものが生活の安全や快適さに大きく影響します。
若い頃には気にならなかった小さな段差や浴室の寒暖差、夜間の暗い廊下、掃除が行き届かない床。これらは静かに忍び寄り、転倒や体調不良のリスクを高めていきます。
一人暮らしや老老介護の家庭では、ちょっとした住環境の工夫が「事故を防ぐカギ」になります。
本記事では、訪問事業や高齢者施設での看護経験をもとに、高齢者が安心して暮らせる住まいの整え方や、家族と一緒に取り組める工夫をご紹介します。
高齢者の転倒リスクは2つの要因から
高齢者が転倒する原因は、大きく内的要因と外的要因に分けられます。
内的要因(身体的特徴)
- 加齢による筋力・バランス感覚・反射神経の低下
- 視力や聴力の衰え
- 認知機能や注意力の低下
- 気力や生活習慣の変化
- 身体疾患や薬剤の影響 など
これらは誰にでも起こる自然な変化で、完全に防ぐことはできません。
しかし「内的要因がある」という前提を理解することで、住まいをどう工夫すれば補えるかが見えてきます。

外的要因(住環境・社会的要因)
- 滑りやすい床や段差、手すりのない場所
- 暗い場所や温度差
- 家具や電気コードなどの障害物
- 家族や地域の支援の有無 など
外的要因は工夫次第で大幅に改善できるのが特徴です。
👉️厚生労働省の調査でも、家庭内での転倒・転落事故が高齢者の骨折原因の上位を占めています。つまり「住まいを安全に整えること」が、転倒や事故を防ぎ、安心した暮らしを守る大切な対策なのです。
内的要因が住まいに与える影響
訪問看護の現場では、身体や気力の低下がそのまま住環境に現れることが少なくありません。
事例:一人暮らしの70代男性・Aさん
往診担当医から「服薬管理と身体ケア」の指示があり、私たち訪問看護が関わることになりました。
肝硬変の治療中で、さらに緑内障による視力低下が進行。ご自宅は玄関から部屋までゴミや荷物が散乱し、足の踏み場もない状態でした。
訪問介護と連携し、まずは環境整備から着手。生活動線を整え、必要なものを手の届く範囲に配置したことで、Aさん自身が片付けや服薬を行えるようになりました。幸いAさんに認知症はなく、栄養や清潔ケアを並行しながら、継続的なコミュニケーションを重ねて徐々に自分の生活を取り戻されました。
この事例が示すのは、内的要因(視力や健康状態の低下)が住環境の悪化を招くリスクです。誰にでも起こり得る身近な問題といえます。
外的要因の改善ポイント
段差・床まわり・生活動線
- 玄関や廊下の段差にスロープや手すりを設置
- 通路に物を置かず、掃除や移動がしやすいよう整理
- 必需品はまとめ、不要なものは減らす
床まわりが散らかると掃除も困難になり、ホコリや小さな障害物が放置され、転倒リスクを高めます。

明るさ・視認性の工夫と安全装置
- 廊下・階段・トイレに十分な照明を確保
- 夜間は人感センサーライトを設置
- LED電球で目に優しい明るさに調整
- 階段の段差部分に蛍光テープを貼る
- ガスコンロは、自動消火機能付き機器に交換
- IHコンロや操作が簡単な家電に変更
高齢になると暗い場所や炎の色が見えにくくなります。特に白内障や緑内障の方は、青い光の認識が弱く、視野が狭いことがあります。照明や安全装置は事故防止の大きな味方です。
視力とともに、聴力や認知能力の低下が伴うと「気付かない」「忘れる」ことも増えます。このことから、安全装置を搭載した機器の利用・変更をおすすめします。
温度・湿度の管理
夏:熱中症対策が必須
- エアコンや扇風機を活用(👉️エアコンに関してはこちらの記事をが参照ください:https://nurse-de-tsubackro.com/inotiwomamoru-5tunosyuukann/)
- 遮光カーテンやすだれで直射日光を防ぐ
- 経口補水液を常備しておく(👉️経口補水液の種類に関してはこちらの記事をご参照ください:https://nurse-de-tsubackro.com/ors-flight-drug-store/)
- 室温・湿度を見える化(温湿度計付きのデジタル時計など)
冬:ヒートショック対策
- 浴室と脱衣所に暖房や断熱カーテンを設置する
- 窓に断熱シートを貼り、冷気の流入を減らす
- 床にカーペットを敷き、足元の冷えを緩和
- 室温・湿度を見える化(温湿度計付きのデジタル時計など)

「電気代がもったいないから」と我慢する方も多いですが、冷暖房エアコンは命を守る装置です。
生活リズムを整える
- 起床時間と就寝時間
- 入浴の回数と時間(週3回夕食前と週1回デイサービスを利用など)
- 食事時間
- 服薬管理は見える化(薬ケースや薬カレンダー利用)
- その他(買い物や習い事、宅配サービスの日時)
生活リズムを整えることも重要です。ある程度生活リズムが決まっていると、体調管理がしやすいだけでなく、家族や支援者が異常に早く気付くことができます。
家族・地域とのつながり
- 緊急通報装置や見守りセンサーを導入
- 地域包括支援センターや民生委員の訪問を受ける
- 近所と声を掛け合える関係を作る

住まいは「安全」を守るだけでなく「孤立を防ぐ場」でもあります。若い頃は一人でできていたことも、高齢者になると困難になることが増えてきます。一人で抱えず、信頼できるサポーターを早いうちから育てていく関係性が大切です。
まとめ
高齢者にとって住まいは「暮らしの舞台」であり、同時に「安全の砦」でもあります。
住環境の工夫は、転倒や体調不良を防ぐだけでなく、安心感や自立した暮らしを支える基盤になります。
小さな段差や暗い廊下、温度差のある浴室。これらは工夫次第で大きく改善できます。
ご自宅の玄関や廊下、浴室を一度見直してみませんか?
下記のチェックリストを活用して、できることから始めましょう。
家族や地域と協力しながら「今の暮らしを見直すこと」が、これから先の健康と安心につながります。
小さな工夫の積み重ねが、大きな安心と笑顔を守る力になります。
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