各地での自然災害で被災された皆さまに、心よりお見舞い申し上げます。
「生きて帰るためにどう行動するか」——今回の一人旅は、私にとって“ぷちゆる・サバイバル旅”でした。
もちろん本物の被災体験とは比べ物になりません。
ただの2泊3日、滋賀県北部50代おばちゃん一人旅の話です。
でも、この3日間は突然の雷雨とJRの全線麻痺に見舞われて、「日常の延長にも、ちゃんと判断力が試される瞬間があるんだな」と実感した旅になりました。
1日目:雷鳴轟く奥琵琶湖を、電動アシスト自転車で激走
元々は、「ビワイチを歩いて旅しよう」という仲間と9月に、JR河毛駅〜道の駅あぢかま〜JR近江塩津駅を歩く予定でしたが、都合により欠席に。
その代わりに、ひとりで自分のペースで走破しようと決めました。
天気予報では3日間のうち、晴れの日が1日のみ。はじめての場所という不安、大河ドラマの聖地を巡りたい欲求を天秤にかけて「チャリ走」を選択しました😅
青に導かれた奥琵琶湖サイクリング

最初の目的地は木ノ本駅。
降り立つと、山の緑と広がる青空が出迎えてくれました。
NHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」で、8/30に放映された「賤ヶ岳の戦い」の場所が、この木ノ本駅周辺。
改札を出ると、戦国武将のイラストや展示物で彩られ、旅の気分が一気に上がります。
観光ボランティアさんとレンタサイクル受付の担当さんが、地図には載っていない地理や歴史、ぜひ見てほしいポイントを丁寧に教えてくれました。
ビワイチ特産「MUBYOTANキーホルダー」ガチャポンで運試し。黒いひょうたんをゲットしました。

赤い電動アシスト自転車にまたがり、兜ならぬヘルメットを装着し、「いざ出陣!」。
柴田勝家と羽柴秀吉が戦った賎ヶ岳から奥琵琶湖を目指し出発。
収穫前の田んぼ道を走りながら、「黒田家発祥の地」や「一ノ宮の白樫」「賤ヶ岳登り口」を見学。
賤ヶ岳隧道までの上りS字カーブを、電動アシストに助けられながら快走。
トンネルを抜けてからのつづら折りの下り道は、広がる奥琵琶湖と空の青に心がときめきました。
ショートカットの藤ヶ崎トンネルは、敦賀方面行きが道路掃除中のため侵入できず、湖岸沿いを青に導かれるように走ります。
追い越していくトレーラーにビビりながら、左に広がる美しい琵琶湖を眺めて走る体験はかなりスリリング!
やがて、トンネルの出口と合流。敦賀までの一本道を、北へ北へとひた走りました。
赤に癒された道の駅

住宅とお店が増えてきましたが、車と郵便配達員のバイクしか遭遇しない道のり。心細かったのですが、目的地「道の駅あぢかま」に到着すると、お昼時とあって沢山の人で賑わってました。
「人がいる!」
正直、ホッとしました。
うどんやそば、鯖寿司などが食べられるフードコートや、地元の農家さんの野菜や果物、お餅や炊き込みご飯などの販売所がずらりと並んでます。
私は、フレッシュな赤いトマトと真っ赤な梅干しを購入。
汗でドロドロになった身体に、梅干しの酸味とトマトの甘酸っぱさが染みました。持参したお弁当といっしょにつまみながらのんびりランチ。

十分英気を養ったあと、次の目的地「近江塩津駅」まで一気に進み、太い梁の駅舎と長いトンネル通路、待合室でまもなく到着する電車待ちの若い乗客たちを見学して、もと来た道を折り返しました。

黒い雲〜雷鳴と真っ白な雨の滝〜

折り返しの道の駅を通過した直後から、空模様が急変。
あっという間に雲が広がり、「ゴロゴロ」と雷鳴がきこえてきたのです。
慌ててペダルを漕いで、藤ヶ崎トンネルを抜け、つづら折りの山道を木ノ本駅へ向けてノンストップで退避。
あと一歩のところで降り出したものの、なんとか木ノ本駅に到着。
その後1時間、真っ白になるぐらいの土砂降りを、エアコンの効いた駅舎でやり過ごしました。
「440年前、羽柴軍もこの山道を激走したんだ〜😰」
電動アシスト自転車のおかげで逃げのびたものの、この道を甲冑つけて泥道を走った戦国の人々を思うと…平和な時代に生まれたことを感謝しました。
雨が上がるのを待って、今度は木之本宿を通って高月駅方面へ。
目的地は、渡岸寺観音堂(向源寺)。
この寺に祀られている国宝の十一面観音に会いにいくためです。
写真家・土門拳が何度も足を運んで撮影し、作家・井上靖が地元の人達と交流を重ねて小説の題材にし、愛してやまなかった美しくたおやかな仏像。
静かなお堂の中で、一体の仏像がこれほど多くの人の心を動かしてきたのかと、しみじみ圧倒されました。
観音様の後頭部の「暴悪大笑面(ぼうあくだいしょうめん)」に、私は惚れ込み、そのお姿を目に焼き付けました。

2日目:長浜の街を散策、再び雷雨に
薄鼠色の空、ボロボロのパンくずの正体
午後から雨予報のニュースが流れていました。
ホテルの窓から見える長浜の街は、薄曇りの静かな色に染まっています。遠くに見える伊吹山も、こんもり雲を載せていました。
この日は雨に濡れてもいい格好で過ごそうと、足元はウォーキングシューズではなく、サンダルをチョイス。
「これで街歩きをしよう!」と、朝食バイキング前にコインランドリーの様子を見に行くと…
私が歩いた道沿いに、パンくずのような粉が続いているのを発見!
足元をよく見ると、履いていたサンダルの底がボロボロに崩れていて、通路に粉が散らばっていました。
早朝6時の珍事件‼️慌ててホテルの方に「すみません!」と謝って掃除をお願いする、という小さなハプニングから始まった一日です。
薄曇りの歴史街道 長浜宿
朝食を食べたあとに、ふとホテルロビーを見ると、土門拳の写真集が置いてありました。解説には、土門さんは2回脳出血に倒れて、不自由な身体で撮影を続けられたと記されています。
ページを繰ると、前日訪れた渡岸寺の十一面観音が微笑んでいます。思わぬところで再会した気分になりました。
朝食の後、長浜宿をぶらり散策。
長浜天満宮、長浜赤十字病院、点在する寺社、大河ドラマ館の周辺を歩き、長浜城博物館も見学しました。


お昼は近江牛レストラン「スエヒロ」でハンバーグランチ。
「お肉の味を感じてもらうために、はじめは何もつけずに食べてください」
と案内を受けて、ぱくりと一口。
ジュワ〜〜とあふれる甘い肉汁にうっとり😊💕
味付け用のわさび、塩、辛子、醤油がありましたが、私は「何もつけない」が一番!
その次は「わさび」が気に入りました。

お店のカウンターに置かれたクリアファイルに、店主さんの近江牛愛あふれる「にく日記」が綴られていました。
牛の指紋ならぬ「鼻紋」を解説した「にく日記vol.6」や、お肉の部位を解説した「にく日記vol.8」は、お肉屋さんならではの名解説です。
もし、訪問されましたら、ご一読ください。
赤い閃光 ヤンマーミュージアム

午後はヤンマーミュージアムへ。
予約時間までの無料エリアでは、スタイリッシュに進化をした「ヤン坊マー坊」に驚かされました。
昭和の「ヤン坊マー坊天気予報」育ちのおばちゃんには、カッコいい2人はもはや別人。少し寂しさを感じました。
館内を見学していると、また空模様が怪しくなってきました。
窓の外では琵琶湖に向かって1つ目の雷が落ちたのを皮切りに、滝のような雨と落雷が2時間近く続きます。
休憩所で少し昼寝をしたり、初代のディーゼルエンジンを眺めたり、体感ゲームで遊んだりしながら雨をやり過ごしました。
ミュージアムのオープニング映像と展示資料で知ったのが、創業者の物語です。
尋常小学校、尋常高等科を卒業したのち奉公に出たものの、体調を壊してしまう。
出会った人の紹介でガス会社に土工として就職。
技術を身につけ、24歳で創業。
渡欧してディーゼルエンジンを知り、帰国後は何度も失敗を重ねながら、世界初の小型ディーゼルエンジンを45歳で完成させた——という近代化の歴史でした。
雨が上がって、ホテルへ戻り、貸し切りの大浴場で旅の疲れを流します。
夕食はつるやパンの「サラダパン」と「伊吹牛乳」。素朴だけど、じんわり美味しい夜でした。

3日目:夜中の土砂降りで予定変更、無事に家に戻る
夜中の1時頃、窓を叩きつける雨の音で目が覚めました。しばらく聞いていると、そのままウトウト…6時前に目覚めた時は、雨はやんでました。
朝食を済ませ、ニュースを聞きながらパソコンのキーボードを叩いていると、「JR西日本全線が大雨と人身事故で朝から運転を見合わしている」と報道。
当初は、残りルートの高月駅から河毛駅間を歩く予定にしていましたが、急遽変更。帰宅することに。
荷造りをしながら、念のため水と食料も多めに準備。7〜9時台は、通勤通学の人でごった返していると判断して、チェックアウト時間ギリギリまで待機しました。
チェックアウトを済ませて、10時に長浜駅に着いた瞬間から、私の中では勝手に「帰宅サバイバル」がスタート。
トイレが近いつばっくろーは、「トイレ問題」が一番の心配ごとです。
まずトイレを済ませ、とにかく来た電車に乗って米原へ。
米原でもトイレを済ませてから、駅に入線した姫路方面の普通列車に乗り込みます。人身事故で止まっていた大阪環状線を避けるため、京都駅でいったん下車。
トイレ・軽食・水分補給を行いました。
出発信号を待つ、奈良行き快速列車の中では、座って読書をしながらのんびり待機。
30分ほどしたらようやく出発。途中停止信号待ちなどありましたが、奈良駅まで進めました。
奈良駅で最後のトイレ休憩と乗り換えを経て、無事にもより駅へ到着。
本来なら3時間のルートを、出発から約4時間。往復とも座って帰ってこられたのは、今思えば運が良かったと振り返ります。
発見・フック
賤ヶ岳の合戦地、渡岸寺の十一面観音、ヤンマー創業者の物語——今回の旅で出会った歴史や人物には、共通点がありました。
武将も、仏像を撮り続けた土門拳や、小説や歌に残した井上靖、苦学の末に世界初の技術を生み出したヤンマー創業者も、みんな「やりたいこと」を、実際の行動に変えてきた人たちだったということです。
そして気づいたのは、それが自分の旅の3日間にもそのまま重なっていたことでした。
雷雲を見てノンストップで自転車を漕ぐ判断(めっちゃキツイ!)、雨宿りのあと渡岸寺に切り替える判断、雨宿りのためヤンマーミュージアムを味わい尽くす判断——どれも小さいけれど、「今できることを選び取る」の連続でした。
夢を夢のまま身体を枯らしていくか、些細なことでも取捨選択してやり遂げるか。それが、生をまっとうするか妥協で暮らすかの分岐点なんだと思います。
ちょうど旅の最中、草間彌生さんの訃報を聞きました。
あの方も、長年の苦しみを抱えながら90代まで手を止めずに作品を作り続けた人です。
命を燃やして何かを作り続けるということ、それは特別な誰かだけの話ではなく、日々の小さな選択の積み重ねでしかないのかもしれません。
もう一つ、大きな変化に気づきました。
人に言われたまま流されがちの、視野の狭い私。
でも今回の旅では、それなりに状況を俯瞰して取捨選択している自分の存在を、確認できたのです。
まとめ
「やりたいと思ったことは、先にやっておかないと手に入らない」。それを、大きな決意としてではなく、小さく何度も実践できた3日間でした。
取捨選択の基準は「明日の自分に迷惑をかけない」こと。
人と比べた贅沢な旅ではなく、必要なところにはちゃんと投資する。その積み重ねが、この旅を作っていたんだと思います。
そして最後まで気を抜かず、「家に帰るまでが旅行」を実践できたことも、今回の収穫です。
実際、この記事を書いている今も、各地で警報級の大雨のニュースが流れています。あの3日間の出来事は、決して特別な旅先だけの話ではなく、今この瞬間の私たちにも起こりうること。
だからこそ、やりたいことを、今日も小さく一つ、行動に移していきたいと思います。
…ということで、次どこに行こうかな?🤔
旅のデータ
- 日程:2026年8月26日〜28日(2泊3日)
- 宿泊:長浜市内のホテル
- 移動手段:JR・電動アシスト自転車(レンタサイクル)・徒歩
- 主な立ち寄り先:木之本宿〜賤ヶ岳隧道〜道の駅あぢかま〜渡岸寺(十一面観音)〜長浜宿〜近江牛レストラン「スエヒロ」〜ヤンマーミュージアム
良ければこちらもどうぞ👉️


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