「もう、いい加減にしてほしいのよ!」
電話越しに、母がまた父の愚痴をこぼす。
夜中に何度も起き出して物音を立てるから、一緒に起きてしまう。
それなのに、父は肝心の朝ごはん時にはちっとも起きてこないなどなど。
「またか」
いつもの調子で聞き流しながら、この前実家に帰ったとき、居間で夫婦揃って舟をこいでいた昼下がりの光景を思い出しました。
看護師として、高齢者施設で入居者さんの暮らしや体調の変化を日々見てきた私。
不眠や過眠などの変化が、生活の質に大きく関わることをよく知っています。
それなのに、自分の親のこととなると、話は別で…😅
症状に気づいていなかったわけじゃない。
ただ、母の話はいつも「私が大変」という愚痴の形をしていて、その奥にある父の変化までは、なかなか行動に移せずにいたのです。
もし今、あなたも似たような電話を受けていたり、実家で見た親の昼寝が少し気になっていたりするのなら……。
この記事では、その変化が「様子を見ていい(俗に言う、歳のせい)」なのか、「一歩踏み込むべきサイン」なのか、見極められるようになることを目指し、迷った時に頼れる相談先もあわせて紹介します。
眠れない父と、眠りすぎる義父
私の実父は70代後半。定年退職後から毎朝欠かさず近所の低山を登る、ちょっとした体力の持ち主です。
ところがここ最近、自宅を出発する時間がバラバラになってきました。
はじめてから10年程は毎朝5〜6時出発だったのが、8時や10時、ひどいときは12時以降と不規則。
早くから布団に入るのに、夜中に何度も目が覚めてしまうのです。
そして皮肉なことに、肝心の出発時間になると熟睡していて起きられません。
早寝なのに、「眠れていない」という悪循環に陥っていました。
一方、義父は80代前半。8年前に義母とともに引っ越し、私達家族の近くで生活しています。
囲碁が趣味で、もともと住んでいた街の碁会所や友人宅に遠征して楽しんでいましたが、相次ぐ友人のご逝去で引きこもりがちに。
実父とは対照的に「眠りすぎる」ことが義母の悩み。
就寝は夜中の1時頃、起きるのはお昼前。
それだけ長く眠っているのに、本人は「まだ眠い」と言い、午後にウトウトしていることも。
日課の30分散歩はなんとか継続中ですが、義母の心配はつきません。
不眠の父と、過眠の義父。同じ「高齢者の睡眠」のはずなのに、症状は正反対。
これって、歳のせい?それとも……?
高齢者の睡眠はこう変わる
歳を重ねると、眠りそのものの質が変わってきます。
深い眠り(徐波睡眠※)が減るため、ちょっとした物音や尿意でも目が覚めやすくなるのです。
体内時計も前倒しになりやすく、若い頃より早く眠くなり、早く目が覚める「早寝早起き型」に傾いていきます。
※徐波睡眠(じょはすいみん):脳がゆっくり大きく波打つ、いちばん深いノンレム睡眠のこと。
実はこの変化、50代からすでに静かに始まっているのをご存知ですか?(→「50代から眠りが変わった|看護師が気づいた睡眠休養感の話」)
身体を休めるホルモン・メラトニンの分泌量も年齢とともに減っていき、眠りの質そのものに影響してくるのです。(→「50代の不調は睡眠が原因」)
実父や義父くらいの年齢になると、この変化はさらに進みます。
夜中に何度も目が覚めるのも、昼間ウトウトしてしまうのも、体内時計と深い眠りの量が変わった結果であって、「気合が足りない」「だらしない」わけではありません。
まず、この「歳のせいでもある部分」を知っておくと、この先の「歳のせいと言い切れない部分」との線引きがしやすくなります。
睡眠の乱れと、気になるサイン
夜中に何度も目を覚ますようになったのと同じ頃から、実父にはもう一つ気になる変化が出てきました。
「あれ、どこに置いたっけ」が明らかに増えたのです。
財布や鍵の置き場所を忘れる、さっき話したことをもう一度聞いてくる――そんな場面が、以前よりずっと増えました。
睡眠の質の低下と、もの忘れの増加。この二つが同時に進んでいくケースがあることは、医学的にも指摘されています。
ただし、これはあくまで「関連が指摘されている」という段階の話で、睡眠が乱れたら必ず認知症、というわけでは決してありません。
私達も若い頃から、受験や仕事で徹夜状態が続くと、「え?なんだっけ?」という認知低下状態を経験したことはありませんか?
睡眠不足が、もっとも生産性を下げてしまうことは経験されていることでしょう。
とはいえ、家族としては「これって、ただの歳のせい?それとも…😨」と気になってしまうのも当然。
この見極め方については、次の項目で詳しく触れていきます。
認知症そのものについては、また別の記事でじっくりお話ししようと思います。
家族ができる「これ、病気かな?」見極めポイント
睡眠の乱れや物忘れに気づいたとき、家族が知っておくと安心なのが、見極めのための2つの物差しです。
一つは「頻度・期間・きっかけ」。
「時々」のことで、何か「きっかけがあって」、「数日で元に戻る」なら、多くは様子を見ていい範囲。
逆に、「ほぼ毎日」で、「きっかけらしいものがなく」、「じわじわ悪化」していくなら、病気を考えたほうがいいサインです。
もう一つは「本人と家族、どちらが困っているか」。
本人も家族も困っていなければ、しばらく様子を見て構いません。
でも、どちらか一方でも困っているなら、それはもう「様子見」で済ませていい話ではありません。
実際にあった変化を、この物差しに当てはめて整理してみると、こうなります。
| 変化 | きっかけ | 今の状態 | |
|---|---|---|---|
| 実父家 | 夜間の頻回覚醒・起床時間の乱れ | 特になし | 続いている |
| もの忘れの増加 | 夜間覚醒とほぼ同時期 | 続いている | |
| 文句を言うと激しく言い返す | 夜間覚醒とほぼ同時期 | 続いている | |
| 義父家 | 碁会所・散歩を一時休止 | 友人との死別 | 戻った(再開) |
| 血糖値が一時上昇 | 引きこもり? | 戻った(安定) | |
| 夜更かし・正午起床 | 引きこもり? | 続いている | |
| 食事量・スピードの低下 | 歯の治療 | 続いている |
ただ、この見極めを難しくしているものがあります。
それは、家族から届く情報の多くは「愚痴」という形をしているということ。
実母は昔から、実父についてこうこぼしていました。
「文句を言うとものすごい勢いで言い返してきて、喧嘩になる」。
この話、主語はもちろん実母のほう。
「私が大変」⇒「実父にふりまわされて、私(実母)が大変」
「喧嘩になって嫌だ」⇒「実父と喧嘩になって、私(実母)が嫌だ」
――そう聞いてしまうと、聞き手はつい実母を慰めて終わってしまい、肝心の実父の変化(易怒性が強まっていること)は話の背景に隠れたままになるのです。
だから、一方の愚痴を聞くときは、一度主語を入れ替えて聞き直してみてほしいのです。
「母が大変」ではなく、「父に何が起きているか」という主語で。
そして母の話だけでなく、当の本人(父)の言い分にも耳を傾けます。
母の愚痴が「入口」だとすれば、父への確認は「裏取り」です。
この両方があって、はじめて全体像が見えます。
これは、関係を良くするための会話ではなく、あくまで、今何が起きているかを把握するための「情報収集としての傾聴」です。
一人で抱えない。「地域包括支援センター」という入口
見極めた結果、「これは様子を見ていい範囲を超えているかも!」と感じたとき、次に困るのが「じゃあ、どこに相談すればいいの?」。
相談の入口は、大きく2つのルートがあります。
一つは、「かかりつけ医ルート」。
親がすでに定期的に通院していて、受診に抵抗がないなら、これが一番の早道。
次の診察に家族が同席して、睡眠の変化や様子を医師に伝えましょう。
「今の親の状態を正確に医師に伝えられる家族」の情報は、医師の診断の手助けになります。
もし睡眠薬の話が出ても、それは「薬に頼るのがダメ!」という話ではなく、親の生活習慣に配慮した治療薬の選択につながるのです。
信頼できるかかりつけ医は、高齢の親が自宅で生活を続けていくうえで、これほど心強い味方はいません。
もう一つは、「地域包括支援センタールート」。
実父は病院嫌いで、何があっても受診したがらない人です😅
そもそも何科に相談すればいいのかもわからないという人も多いでしょう。
「地域包括支援センター」は、そんなときの入口です。
ここは本人抜きで、家族だけでも相談に行けます。これが最大の強み。
「まだ大丈夫」と本人が言い張っていても、家族が一歩先に動いておくことができます。
どちらのルートを通るにしても、大事なのは家族で抱え込まないこと。
抱え込みは、支える側の生活が先に崩れてしまう一番の原因です。
在宅での暮らしを続けたいなら、外の手助けを取り入れることを、遠慮せず選んでください。
(地域包括支援センターの具体的な使い方は、また別の記事で詳しくお話しする予定です。)
まとめ ― ギリギリまで二人暮らしを支えるために
親の睡眠の変化は、「きっかけ・期間・頻度」と「誰が困っているか」、この2つの物差しで見立てることができます。
睡眠問題の全てが歳のせいでもないし、病気というわけでもありません。
ですが、「私は医療や介護のことはわからないから」と、判断に自身が持てず不安になる人も多いでしょう。
大事なのは、その変化に気づいたときに、一人で抱え込まないこと。
迷ったときは、地域包括支援センターという入口があることを思い出してください。
実父も義父も、「まだまだ母さんと2人で大丈夫!」と無責任に(笑)言っています。
一人暮らしの親を持つ人なら、「一人でも大丈夫!」と聞いているかもしれません。
その言葉を、できるだけギリギリまで支えてあげたい。
そのための最初の一歩は、手を差し伸べられずにヤキモキすることじゃなくて、遠くからでも見守れるよう、現状の見極め方を知って、多くの支援の手とつながること。
いつ高齢の親の生活が破綻するかもしれません。
体調を崩して介護が急に必要になるかもしれません。
反対にいつまでも親の見守りの生活が続き、見守る側が倒れることがあるかもしれません。
生活の乱れは、睡眠問題から始まることが多いです。
家族が高齢の親を支えるために、強力なチームを作りましょう。
これが一番の選択なのかな、と私は思います。

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