また一人、頼りになっていた介護スタッフが辞めていきました。
理由を聞くと、いつも同じです。「割に合わない」。
ーー埋まらない人員、疲弊していく現場。高齢者と向き合う介護の現場は今、「待ったなし」の状況です。
先に断っておきたいのですが、介護の人手不足は、法制度や経営判断、施設の体制など、個人の努力だけではどうにもならない要因が複雑に絡み合って起きています。
今回はその中から、あえて「現場の介護士さんと家族が協力し合う」という一点だけを切り取って書いています。
これから親や身内の介護に関わることになったとき、多くの人が悩むのが「施設や職員とどう向き合えばいいのか」です。
私自身、高齢の親がいる身として、いざその立場になったら「私の親を大事にしてほしい」という気持ちが先に立ち、少しの違和感で「ちゃんと看てもらえているのだろうか」と疑ってしまわないか、正直自信がありません。
先日参加した介護の勉強会で、現場に詳しい方々の話を聞いて、あらためて気づかされたことがあります。
施設との関係は、サービスを受け取るだけの一方通行ではなく、家族もチームの一員として関わることで、いざという時の結果が変わってくるということです。
施設で働く専門職も、私たちと同じ人間です。
持ちつ持たれつのいい関係を保てなければ、共倒れになってしまう——この記事では、介護施設で働く人たちが置かれている現実と、家族としてできる「思いやりが実利になる」関わり方について、私自身の家族の実例も交えながら一緒に考えていきます。
施設で働く人も「人間」です
介護施設は今、深刻な人手不足に悩まされています。
特に朝と夕方の忙しい時間帯は職員の手が足りず、施設側も本当はもっと柔軟に対応したいと思いながら、決められた時間割の中で動かざるを得ないのが実情です。
看護師としてこれまで働いてきた認知症グループホームでも、特養でも、辞めていくのは決まって3〜4年目の、仕事に慣れて頼りになってきたスタッフたちでした。
経験を積んでも、新人とほとんど給料が変わらない。それでいて、任される責任だけはどんどん重くなっていきます。
先日参加した介護の勉強会では、現場に詳しい方々から「介護の現場では、やる気のある良いスタッフほど1年ほどで辞めていく」という話も聞きました。
辞めるタイミングは現場によって違うようですが、「頑張るほど割に合わなくなる」という根っこの構造は共通しているのかもしれません。
2012年の法改正で、「喀痰吸引等研修」を修了した介護職員は「認定特定行為業務従事者」として、痰の吸引や経管栄養など一部の医療的ケアを行えるようになりました。
夜間、看護師が不在の時間帯を補うための制度です。
けれど、私が勤める施設ではこの制度の導入を見送っています。
理由は単純で、夜勤の職員にこれ以上の負担をかけられないからです。
要介護度の高い利用者さんを定員いっぱいに抱えながら、夜勤はわずか2人。
前後の申し送りや早出の時間帯の見守りまで含めると、拘束時間は18時間近くにもなります。
すでにギリギリで回してくれている彼らに、医療処置まで任せるのは現実的ではありません。
しかも、現場を支えてくれている人を守ることは、利用者さんの生活を守ることに直結しています。
働く人を守れない現場に、サービスの質は担保できません。
同じ勉強会では、こんな話も聞きました。
「実は一番儲かっているのは、施設に人材を紹介する人材派遣サービスだったりするんですよ」。
現場を支えているはずの仕組みが、そこで働く人には還元されにくい。これが、施設で働く人たちが置かれている「本当の人手不足」の正体だと感じています。
施設も、実は家族を「審査」している
不動産を借りるとき、大家さんが入居希望者の人柄や支払い能力を見て「入居審査」をするのは当たり前だと思われています。実は、介護施設の入居にもこれとよく似た側面があります。
もちろん、施設は要介護度や医療的なニーズを最優先で見ています。
けれどそれと同時に、家族がどれだけ協力的か、無理な要求をしてこないかという点も、実際には見られています。
前段で書いたように、多くの施設は人手も時間もぎりぎりの状態で回っています。
そんな中で、些細なことでクレームを重ねたり、常識を超えた要求をしてくる家族が加わると、現場の負担はさらに重くなります。
逆に、感謝を伝えてくれる、無理を言わない家族であれば、スタッフも安心して関わることができます。
これは意地悪でも差別でもなく、限られた人手の中で施設を回していくための、ごく自然な力学。
だからこそ、家族の側にできることがあります。
これは意地悪じゃない。思いやりは実利になる
ここまで聞くと「結局、施設に気に入られるかどうかの話?」と身構えてしまうかもしれません。
でも、これは意地悪でも忖度でもなく、驚くほどシンプルな実利の話です。
日々の対応に感謝を伝える、無理な要求を控える、困ったときは相談ベースで話す——こうした小さな積み重ねが、いざ緊急時や難しい判断が必要になったときに、施設側から「この家族なら」と信頼してもらえる関係につながります。
逆に、最初から「お客様」として振る舞ってしまうと、必要なときに親身になってもらいにくくなるのは、想像に難くありません。
そしてこの関係は、一方通行ではありません。
見学を快く受け入れてくれる、今の状態を隠さず教えてくれる——そういう施設は、それだけ仕事に自信がある証拠です。SNSなどで日々の様子を発信している施設も同様です。
逆に、なんとなく歓迎されていないと感じる施設には、たいてい理由があります。たくさんの施設を見て回って初めて、その「肌感」の違いがわかるようになります。
施設選びは、家族が一方的に選ぶものでも、施設に選ばれるだけのものでもありません。
利用者さん本人、家族、そして施設。
この三者のあいだにコミュニケーションが保てる関係性があるか、相性が合うか——そこが実は一番大事なのかもしれません。
しかも、この関係は一度できあがったら終わりではありません。
施設の体制はスタッフの入れ替わりや方針転換で、日々変わっていきます。
「合っている」と思っていた施設が急に厳しくなることもあれば、逆に「合わない」と感じていた施設が体制刷新でぐっと良くなることもあります。
だからこそ、その時々の感情に振り回されるのではなく、実利を取って、持ちつ持たれつの関係を続けていける「チーム」であり続けること。
それが、変化し続ける現場の中で、利用者さん本人と家族を守る一番の近道なのだと思います。
実例:夫の祖母が教えてくれたこと
実利の話をもう少し具体的にお伝えするために、私自身の家族の話をさせてください。
夫の祖母は20年ほど前、90歳を過ぎた頃に骨折をきっかけに施設のお世話になりました。
最初に入所した近所の医療介護院は、スタッフの対応や関係性はとても良かったそうです。
それでも、祖母自身が元気が有り余っていたことと、同室の方との相性が合わなかったことが重なり、そちらは退去することになりました。
ここからもわかるように、施設選びがうまくいくかどうかは、サービスの質だけでなく「相性」に左右される部分が確かにあります。
その後移った有料老人ホームでは、最期までお世話になりました。ここで大きかったのは、夫の叔父さんの存在です。財産管理からお見舞いまで施設との窓口をほぼ一手に引き受け、定年退職後はほぼ毎週欠かさず面会に通い、家族会にも参加し続けていました。
祖母は100歳を超えて、穏やかに大往生しました。
相性の合う環境と、家族が根気強く関わり続けたこと。そのふたつが揃ったとき、施設での暮らしは決して悪いものではない——祖母の姿は、そのことを教えてくれました。
まとめ:介護はチーム戦。思いやりが、老後を生きやすくする
介護施設で働く人たちは、私たちが想像する以上に厳しい人手不足の中で踏ん張っています。
だからこそ施設側も、無意識のうちに「一緒にやっていきやすい家族かどうか」を見ています。
これは意地悪でも差別でもなく、限られた人手の中でお互いに気持ちよく過ごすための、ごく自然な力学です。
そして、この関係は一度できたら終わりではありません。人も体制も、日々変わっていきます。
だからこそ大切なのは、その時々の感情に振り回されるのではなく、実利を取って、持ちつ持たれつの関係を続けていく姿勢です。
夫の祖母の実例が教えてくれたように、相性の合う環境を見つけること、そして家族が根気強く関わり続けること。
このふたつが揃えば、施設での暮らしは決して悪いものではありません。
介護はひとりで抱えるものでも、施設に任せきりにするものでもなく、利用者本人・家族・施設が組む「チーム戦」です。
チームの運営で困ったことがあれば、地域包括支援センターやケアマネージャーに相談するのもありです。
介護は先の見えにくい長期戦。
問題は大なり小なり起こりうるものなので、都度見直しや修正が必要があります。
私は、まず忘れないでおこうと考えていることがあります。
それは、近い将来両親が施設のお世話になる日が来たら、チームメイトであるスタッフさんと顔を合わせるたびに、「いつもありがとうございます」と伝えることです。
親の介護をきっかけに、新しく出会う人と人との長いお付き合い。
私と同じように、これから介護に関わることになるあなたも、スタッフさんと顔を合わせたら、このひと言から始めてみませんか。

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